黒酢の歴史『福山黒酢』の誕生

黒酢は今から約200年前の江戸後期、現在の鹿児島県霧島市福山町で黒酢づくりが始まりました。酢の歴史と比べると黒酢の歴史は意外に浅いですね。

何故福山町でつくられることになったのか?

一説には福山の商人竹之下松兵衛が中国の商人から教わった、また江戸時代の3大豪商の一人、指宿の浜崎太平次が中国で味わった紹興酒を地元薩摩でも造ろうとしたところ、紹興酒ではなく酢ができそれが黒酢の起源であるとも言われています。

起源はなんであれ、福山で黒酢づくりが根付いた理由は、当時の薩摩藩の財政状況が大きく関わっているようです。

薩摩藩と黒酢

薩摩藩はその時500万両(現在のお金で約2500億円)という借金を抱えており、藩の財政は破綻をきたしていました。

そんな中、藩は調所広郷に藩政改革を任せます。調所広郷はまず、商人たちから借りた莫大な借金を「250年賦、無利子償還」(借金を無利子で250年かけて返すこと)とさせ、そして藩の財政立て直しとして、藩の特産品の貿易拡大やお米などの品質改良、薩摩焼の再興など物産開発に力を注ぎました。

その物産開発には黒酢も含まれていたと考えられています。

福山の環境

当時の福山の港は重要な物流基地として栄えており、各地の特産品が集まる場所でありました。多数の美味しいお米も集まってきたのです。その上、福山の地はシラス土壌で濾過されるまろやかで美味しい湧き水が手に入ったのです。

福山の地には黒酢づくりに欠かせない原料が揃っており、道具に関しても当時の薩摩藩が力をいれていた薩摩焼の壺が手に入ったのです。

また、福山の地形は北側に姶良カルデラで出来た外輪山があり、そのおかげで冬場は北風を受けることがないので冬でも温暖であり、南側は錦江湾(海)があり1年を通して海からミネラルたっぷりの風が吹くという黒酢づくりに最適な環境でもあったのです。

このように黒酢づくりの原料や道具や環境、そして当時の藩政改革として物産開発に力を注いでいた全ての条件が合わさって黒酢づくりが福山で根付いていったのです。

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